前月へ
平成14年(2002)卯月22日
17日、東京で(夢枕)獏ちゃんと対談した。『小松左京マガジン』第7巻のためだ。生意気のタケ(高千穂遙)にも来てもらう。獏ちゃんが、一人だと心細い、と、ガラにもないことをいうので、頼んだのだ。夢枕獏なんて、いい名前だよなぁ。高校生時代に、すでに考えていた名前だそうだ。創作活動は、小学校時代にまでさかのぼるとか。すでに作家の芽は、芽生えていたのだ。7月末の発売予定だけれど、お楽しみに。これから沖縄に行くといっていた。うらやましい。僕も行きたいなぁ。「海底遺跡」を見てみたいのだ。
平成14年うづき(4月)13日
11日、霊友会の機関誌「あした」のために、日引さんという若い学者と対談した。エネルギー科学でも化学の方で、日本とアメリカの原子力学会賞や日本混相流学会賞など、数多くの受賞歴もある優秀な人だ。その日のテーマは、日本の精神文化の荒廃に「復活」はあるか、というシビアな問題だったが、彼を見ていると、私のようなロートルは、「大丈夫」という気になってしまう。彼のように真剣に問題意識を持つ若者がいてくれれば、何とかなるだろう、という気がするのだ。地球の歴史を見ても、何度も急激な気候変動や外からの衝撃を経て今日に至っているのであって、生物の進化を見ても、現在の人間のありようが、最終ということはない。これから先、どんどん変わっていって構わないのだ。
平成14年うづき(4月)5日
水平生活からようやく起きあがって、3日に東京に来た。
6月から本放送が始まるCS、ep放送の「幻想ファクトリー」で、私のキャラクターが所長をしているということで、時々実像(クローンということになっているらしいが・・・)が口をはさむ。そのビデオ取りをした。そのあと、久しぶりに銀座に出て、7丁目から4丁目まで歩かされた。銀ブラにいい陽気になってきたので、♪つい、春風にのせられて・・・。
4日は、(萩尾)望都様がわが事務所に来てくれた。モト様の作品は、「ポーの一族」が始まったころからずっと好きで、25年以上前に小学館漫画賞の選考委員を引き受ける条件として「女流作家でもいいか」「他社作品でもいいか」ということを確認し、私が選んだ第一回漫画賞受賞者としてモト様の『ポーの一族』と『十一人いる!』を選んだ、という経緯がある。エレガントなモト様に会わせて、こちらもジャケットをきちんと着て応対。お酒もちょっと控えめに。翌日は青森に飛ぶ、ということで、あまり遅くまで引き留めなかったが、それでも11時過ぎまでつきあってくれた。ありがたいことだ。