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平成16年(2004)きさらぎ(2月)14日
今年のバレンタインデーは土曜日ということで、チョコレートの山とはいきませんでした。前の日は13日の金曜日。フロンティア3000の研究会で、CDIの疋田さんがEUでの多言語翻訳の報告をしてくれた。現在の15カ国が今年の5月には25カ国になって、EUの公用語が現在の11言語から20言語になる、というのだからスゴイ。ドキュメントは機械翻訳がだいぶすすんでいるらしいが、会議での同時通訳は人間がやるので、多言語使用の翻訳者を養成しているそうだ。母語を話す権利を基本的人権と見なし、文化の基礎だという信念で貫いている。しかも、その費用はEU市民一人当たりコーヒー一杯分ですんでいることを誇りにしているそうだ。「人間力」を高めるのが一番安上がりなんだよね。ヨーロッパらしいこだわりの強さには、驚いた。
平成16年(2004)如月(2月)9日
節分も過ぎましたな。
今年は、2日から東京で茅陽一さんとの編集長インタビューをしたり、『21世紀シネマ館』(講談社)のインタビューを受けたりしていて、豆まきをし損なってしまった。もっとも、我が社では鬼(秘書)を外に追いやるわけにはいかないのだが…。コマケンやおシゲさんも来てくれて、節分を祝いました。私は、1月28日に73歳になりました。おシゲさんの誕生日は2月2日なので、誕生日の乾杯も一緒に祝ったのです。おシゲさんは、もう40年のつきあいになる編集者。「SFの母」として尊敬し敬愛している、ステキな女性です。活発のあまり大腿骨骨折したり、お尻を打ったり、肺ガンの手術もしていますが、長生きしてね。
先週末は、箕面に住んでいる5人衆の会に出席した。リタイアして第二の人生の人もいれば、バリバリの技術者もいる。「文化人」として呼ばれたのだが、果たして文化的な話ができたのか、おぼつかない。しかし、楽しいひとときではあった。